Share
ベトナムのエンジニアはなぜ優秀なのか|国策・HEDSPI・起業の構造を現地企業が解説
「ベトナムのエンジニアは優秀らしい」。
オフショア開発を検討する過程で、そう聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。 しかし、「なぜ優秀なのか」を構造的に説明できる情報は、意外なほど少ない。
この記事では、その答えを3つの層で整理します。 まず、ベトナムという国がIT人材を育てるためにどんな仕組みを作ってきたのか。 次に、日本のODAから生まれたエリート育成プログラム「HEDSPI」が、なぜ業界の転換点になったのか。 そして、その卒業生たちが起こした起業の連鎖が、現在のオフショア業界をどう形作っているのか。
Rabiloo(ラビロー)自身が、ハノイ工科大学・HEDSPIの系譜にあるベトナム企業です。 この記事では、その当事者の視点から、ベトナムのエンジニアが「優秀」と言われる背景を、ベトナム側の歴史と構造で整理します。
ベトナムが国策としてIT人材育成に取り組んできた経緯と、その成果
HEDSPIとは何か──日本のODAから生まれたエリート育成プログラムの全体像
HEDSPI世代の「起業ラッシュ」と、現在のオフショア業界の構造
「安さ」ではなく「人材の構造」でベトナムを評価するための視座
ベトナムのエンジニアが優秀な理由──国策と教育制度が生んだ構造
ベトナムのエンジニアについて語るとき、多くの記事は「勤勉」「向上心が高い」といった国民性の話から始めます。 しかし、国民性だけで年間5万人以上のIT人材が生まれる構造は説明できません。
ベトナムのIT人材の強さは、個人の資質ではなく、国家が20年以上かけて設計してきた教育と産業の構造にあります。
小学校からのIT必修化──国が設計した教育の「器」
ベトナム政府は、IT産業を国家成長の柱と位置づけ、教育課程そのものを設計し直しています。
2018年に発表された一般教育課程の改訂(CTGDPT 2018)では、情報技術(Tin học)が小学校から中学校まで必修科目として組み込まれました。 中学校段階でプログラミングの基礎概念やアルゴリズムの考え方を学ぶカリキュラムが、2020年度以降、段階的に実施されています。
日本で「プログラミング教育の必修化」が話題になったのは2020年のことです。 ベトナムでは、それと同時期に、より体系的な形で全国の学校に導入されていました。
優秀な人材がITに集まる経済構造
教育の「器」だけでは、人材は集まりません。 ベトナムでITエンジニアに優秀な人材が流れてくる背景には、人口構造と経済的インセンティブの両方が作用しています。
ベトナムの中央年齢は約34歳。日本の約49歳と比べると、15歳若い。 1億人の人口のうち、労働力の中心層がIT産業の成長期と重なっているという構造的な優位があります。
そしてこの若い人口を、ITという特定分野に引き寄せているのが給与格差です。
ベトナムの一般的な労働者の平均給与は月4〜5万円程度です。 一方、ITエンジニアは新卒でも月10万円前後からスタートし、3〜4年の経験で月20万円を超えることも珍しくありません。 成長市場であるため、スキルと経験に応じて給与が上がり続ける。
この給与格差が、全国の優秀な若者をIT系大学に引き寄せ、毎年5万7,000人もの新卒エンジニアが社会に出ていく構造を生んでいます。 国策で教育の「器」を用意し、経済的インセンティブが「人」を集める──この二重構造が、ベトナムのIT人材供給力の源泉です。
さらに2024年には、政府が半導体産業発展戦略を承認し、「2030年までに5万人の半導体エンジニアを育成する」計画を掲げました。 2025年にはデジタル技術産業法(Law on Digital Technology Industry)が成立し、AI・半導体・デジタル資産を優先分野と定めています。
こうした成長産業への国家投資は、エンジニアの給与水準をさらに押し上げ、より多くの優秀な人材をIT分野に引き込む好循環を生み出しています。
数字で見るベトナムIT産業の現在地
「安い労働力の国」というイメージでベトナムを捉えている方には、以下の数字が意外に映るかもしれません。
指標 | 数値(2025年) |
|---|---|
ICT産業の総売上高 | 約1,980億米ドル(前年比26%増) |
IT関連企業数 | 約80,000社超 |
ICT分野の労働者数 | 約126万人 |
IT・STEM系卒業生(年間) | 5万人以上 |
GDPに占めるデジタル産業の比率 | 約8%(約410億米ドル) |
※出典:ベトナム情報通信省(MIC)公式サイト、一般財団法人国際情報化協力センター(CICC)レポート案内、JETRO ベトナム 基本情報
この規模は、「オフショアの下請け先」という枠をすでに超えています。 ベトナムは、IT産業そのものを国家経済の柱として育てている段階にあります。
ただし、量の急拡大にはもう一つの側面もあります。 毎年5万人以上が社会に出る一方で、「企業が求める実務水準を満たす人材」は依然として不足しているという需給ギャップが存在します。 卒業後に3〜6か月の補完トレーニングを経て現場に入るのが一般的であり、「大学を出ればすぐに即戦力」という状況ではありません。
この需給ギャップこそが、次のセクションで解説する「なぜベトナムから日本向けのオフショアが発展したのか」という問いにつながります。 国策で量を生み出す構造と、質を求める日本市場の需要が、ある時期に構造的に噛み合ったのです。
日本向けオフショアはなぜベトナムで発展したのか
ここまで、ベトナムのIT人材育成が「国家設計」として動いていることを確認しました。 しかし、もう一つの疑問が残ります。
フィリピンやインドにも、優秀なIT人材は豊富に存在します。 それでもなぜ、ベトナムだけがここまで日本向けオフショアに特化した市場を築けたのでしょうか。
この問いに答える鍵は、ベトナムオフショアの20年の進化にあります。 2000年代の「ポスト中国」としてのコスト代替から始まり、コロナ禍を経た「リソース確保」への転換まで──その詳しい流れは「ベトナムオフショア開発の現在地|2026年の構造変化と選び方」で整理しています。
この記事では、そのフェーズの変遷を生んだベトナム側の構造的な理由に絞って掘り下げます。 答えは、2006年にハノイ工科大学で始まったある国家プロジェクトにあります。
HEDSPIとは何か──日本のODAがベトナム エンジニアのエリートを育てたプログラム
「HEDSPI(ヘッドスピ)」という名称を聞いたことがある方は、日本ではまだ少ないと思います。 しかし、ベトナムのオフショア業界を語るうえで、このプログラムを外すことはできません。
現在、日本向けオフショア開発を手がけるベトナムITローカル企業の多くが、ハノイ工科大学(HUST)を起点としています。 Rikkeisoft、Relipa、HALAB、Kaopiz──そしてRabiloo(ラビロー)も、その一つです。 これは偶然ではありません。HEDSPIという共通の「根」があるのです。
2006年、ハノイ工科大学で始まった「日越の架け橋」プロジェクト
2006年、日本のODA(政府開発援助)を原資に、ハノイ工科大学(HUST)で前例のない教育プロジェクトが始まりました。
名前はHEDSPI(High Quality Engineer Development and Software Park Incubation)。 訳せば「高品質エンジニアの育成とソフトウェア産業の振興・育成」。
その設計は明確でした。 ベトナムのトップレベルの工科系学生を選抜し、最先端のIT技術だけでなく、日本語・日本のビジネス文化・問題解決思考を徹底的に教え込む。
いわば、「日越の架け橋となるエンジニア」を育てるための国家級プロジェクトです。
JICAとハノイ工科大学の連携によって設計されたこのプログラムは、単なる語学教育ではありませんでした。 4〜5年生になると、ITの技術的な課題を日本語で学ぶカリキュラムが組まれています。 「日本語でシステム設計を考える」という経験を、大学時代に積むのです。
「日本語ができるプログラマー」ではなかった
HEDSPIを卒業した人材は、単なる「日本語ができるプログラマー」ではありませんでした。
プログラムのデータが、その本質を示しています。
指標 | 数値 |
|---|---|
卒業後1年以内の就職率 | 100% |
日系企業への就職割合 | 約70% |
日本語能力 | 卒業時にJLPT N2レベル到達者が多数 |
初任給水準 | HUST全IT学科の中で最高水準 |
※出典:ハノイ工科大学(HUST)公式データ
卒業生たちは日本の発注者心理を理解し、ビジネスゴールから逆算して動ける人材として市場に出ていきました。 CTO・CEO候補として期待される水準の人材を、ベトナム政府と日本政府が共同で、組織的に輩出してきたのです。
ちなみにRabilooの創業メンバーも、このプログラムの出身者で構成されています。
「日本語ができる」ではなく「日本のビジネス文脈で動ける」という基準は、HEDSPIで培われたものです。
ODAプロジェクトの終了と、民間への継承
日本政府(JICA)によるODAプロジェクトとしてのHEDSPIは、2014年に支援期間を終了しました。 しかし、そこでプログラムが途絶えたわけではありません。
ODA終了後、民間企業である株式会社Sun Asterisk(旧:Framgia)がプロジェクトの運営を引き継ぎました。 2019年からは、Sun Asteriskを含む複数の日本企業で構成される「HEDSPIコンソーシアム」へと運営体制が拡大されています。
現在もハノイ工科大学の情報通信技術学部(SoICT)において、 日本語でITを学ぶエリートコースとして教育活動が継続されており、 毎年、優秀なエンジニアを輩出し続けています。
かつて日本のODAで始まった「種」は、 大学と民間企業の連携によってベトナム側の資産として完全に定着しました。 「ODAの成功例」として語られることの多いHEDSPIですが、 真の価値は、プロジェクト終了後にベトナムの教育システムの一部として血肉化された点にあります。
HEDSPI世代の「起業ラッシュ」──ベトナムオフショア業界の現在地
2006年に始まったHEDSPIの卒業生たちが、日本企業で経験を積み始めたのが2010年代前半。 そして2010年代後半から2020年代にかけて、その世代が続々とベトナムで起業し始めます。
日本市場のニーズとベトナムの供給力が初めて噛み合った瞬間
タイミングは偶然ではありませんでした。
日本側では、深刻なIT人材不足が表面化し、コロナ禍によるリモートワークの浸透が、海外チームとの協働への心理的障壁を消していた。 その同じタイミングで、HEDSPI出身者たちが経験を積み、独立するタイミングが重なりました。
「日本市場のニーズ」と「ベトナム側の供給力」が、初めて高いレベルで噛み合った瞬間でした。
単発で安く頼む「請負」から、優秀なチームを継続確保する「ラボ型」「準委任」への移行が加速したのも、この時期です。 「仕様書通りに作る工場」から「同じプロジェクトに乗っている仲間」へ。 この変化を担ったのが、HEDSPI世代の起業家たちでした。
ハノイ工科大学を根にした「樹形図」
現在、日本向けオフショア開発で実績を持つベトナムローカル企業の多くが、経営陣にハノイ工科大学(HUST)出身者を持ちます。
Rikkeisoft、Relipa、HALAB、Kaopiz──そして私たちRabilooも、HEDSPI出身者が経営する企業です。 同じ根から伸びた枝と言えます。
さらに、HEDSPI出身ではないものの、ハノイ工科大学の卒業生が中心となって経営している有力企業も存在します。 VTI(VTI Japan)はその代表例です。HUSTとの産学連携やインターンシップ制度を通じて継続的に人材を確保し、日本市場で存在感を示しています。
つまり、「HEDSPI出身かどうか」だけではなく、ハノイ工科大学という共通の根が、ベトナムの日本向けオフショア業界を構造的に支えているのです。
この構造が意味することは何か。
これらの企業の経営陣は、自分自身が「日本向けの開発現場」を経験したエンジニアです。 発注者の感覚、プロジェクトの失敗パターン、日本企業が何に困っているか──を、内側から知っています。
「作って納品して終わり」ではなく、「一緒に走り続ける」関係を選ぶ企業が主流になっていった背景には、経営者自身がその価値を体で知っているという事実があります。
HEDSPIの構造は企業の中でどう機能しているか──Rabilooの場合
ここまで述べた「HEDSPI → 日本企業で経験 → ベトナムで起業」という流れが、企業の採用と育成にどう接続しているのか。 自社の話になりますが、構造を理解する一次情報として、Rabilooの仕組みを開示します。
採用の構造
Rabilooのエンジニアの85%がハノイ工科大学(HUST)出身です。経営陣も全員がHUST卒業生です。
これは意図的に「HUST出身しか採らない」という方針ではありません。 HUST教授陣との共同研究、学生向けセミナーの開催、在籍社員による後輩紹介(リファラル)、インターンからの卒業後入社──こうしたパイプが継続的に機能しているため、結果として85%がHUST出身者になっています。
2024年の実績では、年間応募者数2,062名に対し、採用は73名。採用率は3.5%です。 急拡大を追わず、「学習意欲と自己成長の姿勢」を重視基準として選考しています。
育成の構造
前のセクションで触れた通り、ベトナムでは大学を出ても即戦力とは限りません。 この「需給ギャップ」をどう埋めるかが、各企業の品質を左右します。
Rabilooでは、入社後2か月間の集中研修を設けています。 内容はコーディングの復習ではなく、セキュリティ・知財教育、プロジェクト管理・要件分析の方法論、そして日本のビジネス文脈で動くためのスキル開発です。
研修後は1対1のメンター制度のもと、段階的に実務プロジェクトへ参加していきます。 いきなり「現場に投入して覚えさせる」のではなく、設計された段階を経て配属する。
この仕組みは、Rabilooに限らず、HEDSPI世代が興した企業に共通する特徴です。
経営者自身が「育成されて育った」経験を持つため、「育成に投資する」という判断が自然に組織文化になっている。
国策で生まれた人材の「量」を、企業独自の仕組みで「質」に転換するプロセスが、ベトナムオフショアの現場では日常的に動いています。
ベトナム エンジニアを正しく評価するための視点
ここまで整理してきた構造を踏まえると、ベトナムを評価するための視点が変わってきます。
「安い国だから」という理由でベトナムを選ぶ時代は、すでに終わりつつあります。 円安の定着とベトナム国内の人件費上昇によって、「日本の3分の1で作れる」という前提は崩れています。
では何で選ぶのか。
ベトナムのエンジニアを正しく評価するための3つの視点
①国策としての教育投資の厚み
小学校からのIT必修化、HEDSPI、半導体5万人育成計画。 これだけの教育投資を国家として継続している国は、東南アジアの中でも突出しています。 「人材の質」は個人の努力だけでなく、この構造的な投資の上に成り立っています。
②HEDSPI世代が築いた「日本市場への理解」
日本のビジネス文化、コミュニケーションスタイル、品質への期待値。 これらを「知識として知っている」のではなく、「現場で身につけた経験として持っている」世代が、現在のオフショア企業の経営を担っています。 この経験値の蓄積は、他の国が短期間で追いつけるものではありません。
③設立10年前後の企業が主役──経営者が現場を知っている
HEDSPI世代の起業ラッシュで生まれた企業は、現在、設立10〜15年前後を迎えています。 経営者自身がエンジニアとして日本企業と仕事をした経験を持ち、プロジェクトの失敗と成功を体で知っている。 これは「企業規模」や「従業員数」の比較表には出てこない、しかし決定的に重要な差です。
業界の「前提」が上がったからこそ問われる、パートナーの「色」
これまで述べてきた視点は、今のベトナムIT業界における「最低限のスタンダード」となりました。しかし、この高度な標準化は、皮肉にも強烈な「均質化」という新たな課題を招いています。
HEDSPI世代の経営者たちは、自らの急成長の軌跡を「タイミングに恵まれた結果」と冷静に分析しています。市場の爆発的な成長期にあり、タネを撒けばすぐに芽が出て花が咲く。特別な差別化をせずとも、多くの企業が100人規模まで一気に拡大できた時代でした。
しかし、その結果として現在のベトナムIT業界に広がっているのは、「花」は咲いたが「色のない花」が並ぶ景色です。
どの企業のサイトを見ても同じ言葉が並び、結局は「価格」という定規で比較されてしまう。この状況下で、スペックの先にあるパートナー独自の「色(アイデンティティ)」を見極めることが、かつてないほど重要になっています。
そのヒントは、やはりその企業の「ルーツ(根)」に隠されています。
この「スペックによる均質化」や「人月モデルの限界」が、AI時代にどのような構造変化をもたらすのか。その詳細な考察については、オフショア開発の「人月モデル」が抱える課題とAI時代のパートナーシップで詳しく解説しています。
「ベトナムのエンジニアはなぜ優秀なのか」という問いへの答えは、個人の資質の話ではありませんでした。
国家が20年以上かけて設計した教育構造
日本のODAが生んだエリート育成プログラム
その卒業生たちが日本市場と向き合いながら積み上げてきた経験の連鎖
この3つが重なって初めて、現在のベトナムオフショア産業の質が生まれています。
発注先を選ぶとき、「この企業の経営者はどこで育ったか」を問うことが、意外に本質に近い問いかもしれません。
ベトナムオフショア開発の現在地|2026年の構造変化と選び方では、今回の人材背景を踏まえたベトナムオフショア市場全体の構造変化を整理しています。あわせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
HEDSPIに関してよくある質問をまとめました。
Q:HEDSPIはどんな学生が入るプログラムですか?(現在も続いていますか?)
A:ハノイ工科大学(HUST)の工科系学生の中から、選抜試験を経て入るプログラムです。
HUSTは「日本の東大」とも言われるベトナムで最も権威ある理工系大学の一つです。そのHUSTの中でも、成績上位の学生が選ばれてHEDSPIに入ります。「日本向けの開発に関わりたい」という明確な志向を持って入学してくる学生が多く、入学時点からモチベーションが高い傾向があります。
なお、日本政府(JICA)によるODAプロジェクトとしてのHEDSPIは2014年に終了しています。 しかしプログラム自体は消滅したわけではなく、その後Sun Asteriskなど複数の日本企業で構成されるコンソーシアムが運営を引き継ぎ、現在も教育活動が継続されています。
Q:HEDSPIを卒業した人材は今どこにいますか?
A:日系IT企業のリーダー層、またはベトナムのオフショア企業の経営陣として活躍しているケースが多いです。
卒業生の約70%が日系企業に就職し、その後、日本での就労経験を経てベトナムに戻り、起業するパターンが多く見られます。現在のベトナム日系向けオフショア業界の中堅〜幹部層を形成していると言えます。
Q:HEDSPI出身でない企業は信頼できないということですか?
A:そういうわけではありません。HEDSPIは「人材の背景の一つ」として理解するものです。
HEDSPIはあくまで、ベトナムのIT人材の質がなぜ高いかを理解するための「文脈」です。HEDSPI出身かどうかではなく、経営者やPMが「日本市場の現場経験を持っているか」「日本のビジネス文脈を体で知っているか」を確認することが、実際の選定では重要になります。
Q:ベトナムのエンジニアの日本語能力はどの程度ですか?
A:企業や役割によって大きく異なります。HEDSPI出身者はN2レベルが多く、一般的なエンジニアはN4〜N3が現実的な水準です。
日本語力よりも重要なのは、ブリッジSE(BrSE)の質です。日本語とITの両方を持ち、日本側の意図をベトナム側の開発チームに正確に伝えられる人材がいるかどうかが、プロジェクトの成否に直結します。
Q:ベトナムの人件費は今後も上がり続けますか?
A:中長期的には上昇傾向が続くと見られています。ただし、日本との差は依然として存在します。
ベトナム国内の経済成長と生活水準の向上に伴い、エンジニア単価は年々上昇しています。「日本の3分の1」という時代は終わりつつありますが、費用構造の詳しい比較についてはオフショア開発の費用相場で整理しています。
まとめ:HEDSPIは「過去の文脈」、重要なのは「現在の現場適応力」
ここまで、HEDSPIプロジェクトがベトナムのIT人材事情に与えた影響と、その背景について解説してきました。
お伝えしたかった結論は以下の通りです。
HEDSPIはベトナム人エンジニアの日本語力・技術力の高さを紐解くルーツの一つである
しかし、現在において「HEDSPI出身かどうか」は絶対的な評価基準ではない
本当に見るべきは、現場のプロジェクトマネージャーやBrSEが持つ「日本のビジネス文脈への理解度」である
自社に合った優秀なチームをベトナムで構築するためには、過去の経歴だけでなく、現在進行形で「日本市場の課題解決にどれだけ伴走できるか」というスタンスを見極めることが成功の鍵となります。
ベトナムオフショア開発への疑問や、自社への適用について相談したい場合は、構想段階でも対話を受け付けています。
「どの規模から始めるべきか」「どんな体制が合うのか」── そういった問いを整理するところから、Rabiloo(ラビロー)は一緒に考えます。
Share



